正月の風物詩とも言える箱根駅伝。
小さなころからテレビで見ていた大会ですが、陸上競技に取り組む立場になってから、見え方が大きく変わりました。速さや順位だけでなく、その走りの背景にある日常や覚悟に、自然と目が向くようになったのです。
この記事では、大学生アスリートとして箱根駅伝を見て感じたことを、自分なりの視点でまとめてみたいと思います。
1.箱根駅伝が特別な大会である理由
箱根駅伝は、単なる長距離の大会ではありません。 正月という時期、全国放送、長い歴史。 一度走るだけで人生が変わると言われるほど、多くの人の記憶に残る舞台です。 だからこそ、そこに立つ選手たちは「速い」だけでは足りません。
結果が出なければ評価されない厳しさ、期待を背負う重圧、そしてチームの代表として走る責任、優勝が期待されるチームやシード権を期待されるチーム。 走る前から、すでに大きな勝負が始まっているように感じます。きっとこの緊張感は走る選手やその座を争う選手にしかわからないものだと思います。今年のシード争いも一観客のbokuからすると、とても面白かったです。
最後に逆転をして9位になったチームのアンカーの選手は最後の声掛けで「お前に全部かかっているからな」と声をかけられて、きつそうな顔をしながらも動きを絞り出していることがテレビ越しに伝わり応援に力が入りました。快走を見せた青山学院の黒田選手も走る前の大きな一位との差や、主将としてのプレッシャーは計り知れません。これらの要素が箱根駅伝をより面白くしているのだと思います。
2.テレビには映らない「当たり前の積み重ね」
テレビに映るのは、たった数時間のレースです。
しかし、その裏には何年分もの積み重ねがあります。 日々の練習、体調管理、睡眠、食事。 派手さはなくても、当たり前のことを当たり前に続ける生活。 競技を続けている立場だからこそ分かるのは、 「特別なこと」をやっているというより、 「特別な舞台に立つために、特別な日常を続けている」ということです。
簡単そうなことに聞こえますが、この継続はとても大変でこれができる選手とできない選手で大きな力の差があると感じます。それを何年も継続できること自体が、すでに一つの才能だと感じます
3.同じ大学生として感じた距離と現実
箱根を走る選手たちと、自分は同じ「大学生」です。 年齢も立場も近いはずなのに、競技レベルや注目度には大きな差があります。 正直、その差を感じて落ち込むこともあります。 「自分は何をしているんだろう」と思う瞬間もあります。 それでも、競技を続ける意味は人それぞれです。 全員が同じ舞台を目指す必要はありませんし、同じ結果を出す必要もありません。 大切なのは、自分なりの目標に向かって、どれだけ真剣に向き合えているかだと思います。
4.箱根駅伝から学べることは誰にでもある
箱根駅伝が教えてくれるのは、スポーツの話だけではありません。
・結果は突然生まれるものではない
・日常の積み重ねが、いずれ形になる
・環境や役割を受け入れた上で、やるべきことをやる
これらは、勉強や仕事、そしてブログのような取り組みにもそのまま当てはまります。 すぐに結果が出なくても、やめずに続けている人だけが、次の景色を見ることができる。 箱根駅伝を見て、改めてその当たり前の事実を突きつけられた気がしました。
華やかな舞台を見ると、どうしても自分と比べてしまいます。 それでも、比べることで終わらせず、自分の生活にどう落とし込むかが大事だと思います。 今できることを淡々と続ける。 派手さはなくても、自分なりの積み重ねを大切にする。 箱根駅伝を見て感じたのは、 「続けている人だけが、次のスタートラインに立てる」ということでした。 2026年も、焦らず、自分のペースで。 大学生アスリートとして、そして一人の学生として、積み重ねを続けていきたいと思います。
また、bokuの自己紹介を以下のページにまとめました。興味のある方は是非見てみてください!

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